立ち止まれなくなった世界で
私はこの仕事を通して、「なぜこんなにも人生は辛いものになってしまったのか」と考えることがあります。
おそらくそれには、人間関係の複雑化、経済の悪化、食べ物の質の低下なども関係していると思いまが、それ以上に、生活の全てが効率化されたことで、1日にこなすべきことが増えすぎてしまい、その結果、立ち止まって考える時間がなくなっていることが大きな要因になっているように感じます。朝起きて!とアラームで起こされ、洗濯機を回して、お米を炊いても終わりましたよ!炊けましたよ!とピピーとなって、生活の全てから常に、「時間です!時間です!」とせかされるのが当たり前となっていますが、人間は本来、ここまで大量のタスクや刺激に耐えられる生き物ではないというふうに思います。
朝起きたらすぐにスマホを見て、ニュースを見て、通勤中には大量の広告や情報が目に入り、仕事をして、家事に追われ、ようやく落ち着いた頃にはテレビやYoutube、SNSなどを見てさらに刺激を受ける。
そうして脳が常に疲弊した状態になると、人はその疲れを、さらに強い刺激で埋めようとします。ですが、眠気をカフェインで誤魔化しても体の疲れを忘れることはないように、刺激によって心を麻痺させ続けていると、その刺激がなくなった時に一気に壊れてしまうリスクがあるように思います。
最近、残虐的で衝動的な事件が増えているのも、落ち着いて考える時間が人々の生活から失われつつあることと無関係ではきっとないでしょう。強い感情や衝撃を受けた時、本来であれば一度立ち止まって考えられるはずなのに、その余白すら持てないまま行動へ移ってしまう環境が整いすぎているように感じます。
そして、辛いのは心が辛いと気づかないまま生活に慣れてしまっていることにも原因があり、その中でも立ち止まり、「自分は今辛いんだ」と気づき、その気持ちを認めてあげられる自分だけは守り続けなければならないと強く思います。
辛い時に、「なぜ自分はこうなんだ」と自分を責めてしまうのは、弱さから来ているのではなく、目まぐるしく変化し続ける世界を追いかけ続けることこそが正しい、と無意識に刷り込まれているからなのかもしれません。
だからこそ、この世界で辛いと感じるのは自然なことであって、辛い時には、「自分は今辛いんだな」と、自分の心に言ってあげる時間を少しだけでも作ってあげてください。